2012年9月7日金曜日

有明山


8月16日早朝、信濃大町から穂高へ移動。JR駅から中房温泉行きのバスをしばし待つ。マイクロバスは満杯だったが皆、終点まで(燕岳へ)、一つ手前の有明荘で下りたのは私一人だった。登山口の看板(写真)に少々ひるむが、8時50分出発。いきなり急登で笹がかぶっている。ロープが延々と道わきにはられている。岩場がでてきて鎖の連続、しかも崩れていてかなり荒れている。急登のうえ落石が心配で休む場所もない、、。登山口の看板の意味がよくわかった。2時間弱で清水岳に続く稜線がみえてくるとうろうろしている男2人がいる。迷ったようだ、、。よく見ると道は稜線に上がらずトラバースしている。ここからは普通?の山道になりほっとするのもつかの間、30分ほどで頂上(写真)着。標準4時間のところ2時間半ほどで11時20分着。頂上には馬羅尾から来たおじさんが一人、この山におばさん一人で、、とかなり感心していた。200,300名山談義を楽しむ。下山途中、笹をかきわける物音、ドキッとしたがサルの群れ。ボスザルが木に登り私をにらみつけている間、集団が移動。山でこんなにたくさんのサルをみたのははじめて、、。

2012年9月6日木曜日

霞沢岳

8月14日朝、新宿から「さわやか信州号」で上高地へ。高速道はお盆の渋滞も大してなさそうに見えたが、パーキングが混雑してバスが入れない、30分ほど遅れ上高地着は12時50分ころ。久しぶりの上高地は観光客&登山客で大混雑。のがれるように明神から徳本峠の道へ歩きだすととつぜんひっそりとなる。徳本峠小屋3時半着。1ヵ月前に予約したときは満杯で古い小屋ということだったが、昨日からの雨でキャンセルが相次いだとのことで、今晩は20人ほどの泊まり客。新しいきれいな小屋だ。小屋の人(WKさんに似ている)のはからい?で単独行の人だけの食事テーブル。大型ザックでテントをしょってきた山ガール(雨でぬれたので小屋に泊まるそう)、栂海新道から入山して16日目だというおじさんと話がはずむ。霞沢岳には登らず新島々へ下りるそうな、、(16km!) 15日は停滞前線が居座っていて早朝から雨、。雷はなさそうなので5時半朝食後、すぐ歩きだす。樹林帯が長く標高差はないものの小さなアップダウンが続く。しばらくして下りてくる人に会うと雨具が濡れてしみとおっているので引き返すとのこと。私は傘をさしているのでそれほどでもない。ようやくK1ピーク。ここから穂高の大展望だそうだが何も見えない。早立ちした人々とであう。頂上着、9時20分。女性4人のグループがいて4時に小屋をでたそうな、、。頂上写真をお願いする。帰りも降っていて展望なし。小屋に戻ったのは12時半。6時間半ほどで往復したことになる。そのまま上高地へ下山。

のんびりと黒岳

8月11日から1週間のお盆休み。朝、札幌をでて層雲峡泊、ロープウェー&リフトでのんびりと黒岳へ。夏の花は終わりかけでダイセツトリカブトの濃い紫色がめだつ。1時間半ほどで黒岳頂上へ。お天気もいいので小屋まで足を伸ばす。北鎮岳、北海岳、白雲の大展望。高校生のころから見慣れた光景で、西高のサマーキャンプ(その当時はロープウェー、リフト一切ない時代、旭岳から黒岳への縦走、愛山渓から入山など結構ハードで「ヒザが笑う」という言葉も覚えた。装備も貧弱で、キャラバンシュ―ズ&スポーツ用品店のリュック。山用の服は買ってもらった覚えがない。雨具はポンチョというビニール。固形メタでごはんを炊いたが良く炊けず当然まずかった)を経験して、その時から山にのめりこんだ、、。今はファッショナブルな山ガールが闊歩する表大雪だけれど、私の原風景だ、、。

北アルプス五色が原

8月2-6日の5日間、北アルプス五色が原、昨年からお約束のヤスコツアー。メンバーはもちろん60代おばさま達で、笑いが絶えないいつも楽しいツアーだ。昨年より楽なコースと短い日程だったが、お天気が良すぎてとにかく暑い。写真は五色が原山荘の夕暮れ、、。正面は昨年登った針の木、蓮華と大展望。でも花が少ない、、大雪の五色が原の方がよっぽど花がある。とはいえピンク色のハクサンフウロは北海道にはない花、また会えたね。ちょっとしおれたキヌガサソウもうれしい。五色が原とスゴ乗越まで短い距離だがアップダウンが結構あり、太陽が容赦なくてりつけ皆、一番つらかったと言っていた。次の日の薬師(私は3度目)は朝、風があって涼しくあっけなく登頂。薬師小屋で昨年と同じくスイ―ツ(ただの果物カンズメ)を食べて、予定では太郎小屋泊まりだったが明日は雨予想とのこと、立山へ下りた。

2012年6月29日金曜日

茅ヶ岳

東京に10時ころ戻りビジネスホテルで濡れたものを広げる、、。明日はお天気よさそう、ということで24日(日)、韮崎まで行って茅ヶ岳を登ることにする。深田記念公園から最短距離でスタート。林道から沢沿いの湿った道を行く。女岩の手前で右に折れて急坂を登るルートになっていた。原生林の疎林の道は風が通って気持がよい。コルにつき少し進むと深田久弥終焉の記念碑があった。1971年だそうで私の学生時代だ、、。その頃は山岳部の山ばかりで、百名山は関心なかったが。記念碑からは岩のゴツゴツした急坂。ほどなく頂上へでた。所要1時間50分。茅ヶ岳より高い金が岳もみえ縦走する人も多いらしいが、今日中に帰札なので往路を下山。

雨の焼石岳

6月22日(金)の夜行バスで岩手水沢の焼石岳(1548m)へ。台風4号は去ったのに23日、朝4時の段階では雨。東成瀬村の横林道から登る(ここは3合目)。沢を4回ほど渡るが雪解け水で増水中。お花畑もでてくるが、風もでてきて雨足は強くなる。9合目から頂上は大きな岩がごろごろしてあるきずらい。加えて濡れた体に強風で低体温症になりそう、、。雨具の中にダウンを着込む。頂上着8時半、所要4時間半。つぶ沼に下山。途中までくると中沼から登ってくるたくさんの登山者と会う。つぶ沼コースの上部はお花一杯だったが、見ている余裕なし、、。登山口13時30分。ひめかゆ温泉(塩分が強い黄色のお湯)で入浴し、また6時間かけて東京に戻る。

2012年6月19日火曜日

和名倉山

5月3-5日の連休は奥秩父の和名倉山。塩山駅集合でタクシーに分乗して小1時間で三の瀬着。将監小屋まで林道歩き約2時間。2時前に到着。荷物をおいて干支の山、竜喰岳(2012m)へ。正規の道はなく踏みあとをたどって1時間ほど。この日はしとしと降りで展望なし。夕食はカレーライス。寝具もストーブもあって快適。4日は和名倉山往復。標高差はわずか400m。6時小屋発。奥秩父特有の樹林帯を歩く。本当に地味な山だ。結構な雨の量、加えてピカゴロが始まりおまけに雹も降り出す。黙々と歩いて和名倉山(2036m)着、10時。頂上は樹林の中。昨年登った西吾妻山のようだ。しかし踏みあと、鹿道、昔の作業道が錯綜して「道迷い遭難」の山だ。夕食は炊き込み御飯。5日は5時半発で飛竜山を登り奥多摩へ縦走。またまた地味な山道だったが、時折真っ白な南アルプスも遠望できた。