2021年7月29日木曜日

手稲山でクマに遭遇

7月8日(木)いつもの単独で平和の滝から手稲山。7時半ころ出発。5分ほど歩き最初の鉄塔を過ぎたあたりから道が真っすぐになるが、右手から前足の太い黒い物体が下りてきて、道に。10m以上は離れていたが、瞬時にクマとわかった(ツキノワと至近距離で遭遇したことがあるので)。グレーがかった色の小グマで向こうも足が止まっている。おそらく左手の沢に水を飲みに来たのだろう。しばらく?見つめあってクマは山に帰っていった。私はUターンして登らずに帰宅。札幌市のホームページを見ると、7月に平和、平和霊園、西野で目撃情報が相次いでいるので、私も情報提供をしたが、このコースでクマ本体に会ったのは初めて、、。春先には雪に足跡があるので、いるんだろうなとは思っていたが、、。このあと17日、27日に同コースを歩いたが鈴をしっかりと鳴らした。
 

暑寒別岳


7月3日(土)、箸別コースから暑寒別岳へ。登山口9時15分、蒸し暑い中を出発。1合目と2合目まで平坦な道だが長い。6合目の石のゴロゴロした道を登るにつれ晴れてきて7合目手前で雪渓。今年は残雪が多いようだ。2年前の6月下旬に来た時は雪渓がなく、イワイチョウの群落だった。7合目を過ぎるとお花畑、マシケゲンゲが盛り。頂上13時半。ま新しい標識があった。17時半登山口、蚊やブヨに悩まされながら下山。
 

2021年7月19日月曜日

定天


6月19-20日、暑寒荘泊まりで暑寒別岳登山予定だったが、現地に着いてみると、しっかり鍵がかかって泊まれず(20日まで緊急事態宣言中なので、らしい)、帰ってきました。途中、ワラビ採りをしたり、送毛で千本ナラを見たりして楽しんできましたが、、。増毛町のホームページに一言、書いてほしかった。 6月27日(日)定山渓天狗岳、熊の沢側の林道からはだれも来ておらず我々だけだった。20分で登山口。白井二股から結構、人が来ておりこちらの方がより近いと思うのだが。頂上に新しい標識が、、。花はフウロやハナシノブ(写真)など岩場にちらほら。
 

2021年7月2日金曜日

白神岳





アオーネ十二湖に2連泊し、6月11日(金)6時、白神岳登山口。マテ山コースからブナ林の中を歩く。1時間ほどで二股、ここで沢から尾根に上がり、また地味なブナ林が続く。マテ山を巻いてしばらくすると、フウロなどのお花畑。立派な避難小屋をのぞき10時前には頂上(1235m)に着いた。向白神岳、大峰岳、岩木山がすぐ目の前。日本海も見え50年?ぶりにこの頂上に立ったという思いがわいてきた。弘前大山岳部の山、部歌も白神の歌である。4年間、春山合宿、沢(大峰沢、津梅川のように白神山頂に直接たてる易しい沢や、西目屋の暗門の滝から赤石川、追良瀬川を乗越してめざす)やワカンでラッセルのきつかった冬山、当時の5万図に赤線がびっしり入った思い出の山。避難小屋は昔もあったけれど、立派なものではなかった。冬山では頂上に雪洞を掘って泊まった。今は一般コースでしか登れないし、宿泊もホテルだ、、。12日(土)は朝から雨で、十二湖を軽く青の池(写真下)まで歩いて、青森ー函館フェリーに乗り、函館から長距離を走ってもらい(ガイドさんに感謝)、夜10時半ころ帰宅。

 

2021年6月28日月曜日

藤里駒ヶ岳



6月10日(木)ツアーで夜のフェリー(苫小牧ー八戸)にのる。5時に八戸着で太平洋側から日本海側にほぼ横断の長距離移動(ガイドさん有難うございます)。藤里駒ヶ岳は秋田と青森の県境で世界自然遺産白神山地の端にある1158mの山、東北百名山の一つでもある。藤里町から黒石沢林道を20㎞も入る奥深い山だが、途中にキャンプ場もあり道はよく整備されていた。黒石沢登山口の標高が790m、タケノコ採りの車が何台も駐車していた。旧道を歩き始めて15分くらいで田苗代湿原に着くが春の花は終わり、ニッコウキスゲはちらほら。標高差350mのブナ林の登りを1時間半ほどかけて山頂10時半。岩木山や八幡平の展望が良い山だ(写真上)。新道を下り、世界遺産センター(藤里館)を見学し今夜の宿、十二湖へドライブ。


 

2021年6月14日月曜日

5月





5月の連休は天気悪し、でアポイ岳だけでした(写真上2枚)。あとは自粛モードに入り、手稲山でシラネアオイやエンレイソウ(最下段写真)を見たり、三角山で山シャク(3枚目)、カスミザクラ(4枚目:南跡地)でした。
 

2021年5月16日日曜日

百松沢山


4月24日(土)、20年?ぶりに源八の沢から百松沢山へ。宮城の沢コースがメイン、常次沢からもトライしたことがあるが、頂上までいきつけなかった。出発6時50分、気温18℃で林道は雪なし、沢に入りアイゼン装着7時50分。シルバーザッテル着8時50分。870コルを経て北峰10時半、南峰11時着。稜線は笹やぶがでていた。新しい標識(写真)と古い標識があった。宮城の沢から来るとたいがい北峰で帰るので、南峰は3回目。「宮」の石が、。焼山にもありました。